[???] | なにをされているのですか? |
[天城颯馬] | 臨書だよ |
[???] | りんしょ? |
[天城颯馬] | そう、お手本をみて、字の練習をしてるんだ |
[???] | ……おもしろいのでしょうか? |
[天城颯馬] | うーん、どうだろうか? でも、僕は嫌いじゃあないかな |
[???] | ふーん…… |
[天城颯馬] | ……やってみたいの? |
[???] | は……はいっ! |
[天城颯馬] | おいで |
[???] | はいっ♪ |
[???] | どうすればよいのですか? |
[天城颯馬] | そうだな。まずは簡単なところからやってみようか |
[???] | かんたん……? |
[天城颯馬] | ちょっと待ってて……うん、これでいい |
[???] | これを、かくの? |
[天城颯馬] | そう。でも、この通りに書くのは難しいよ |
[???] | むぅ…… |
[???] | ……やってみます! |
[???] | あの……どうでしょうか? |
[天城颯馬] | うん……はじめてでこれなら、上出来 |
[???] | ……ほんとうですか? |
[天城颯馬] | あははっ。はじめから上手く書けるものじゃない。僕だって沢山練習したんだ |
[???] | えっ? そう……なのですか? |
[天城颯馬] | うん |
[天城颯馬] | 沢山練習して、いろんな書をみて、少しずつ書けるようになったんだ |
[???] | あの…… |
[???] | ……わ、わたしでも、れんしゅうをすればうまくかけるでしょうか? |
[天城颯馬] | もちろん。ちゃんと字の形を覚えれば、きっと書けるようになる |
[???] | ほんとう? |
[天城颯馬] | うん。よし、じゃあ、一緒に書いてみようか |
[???] | はいっ! |
[天城颯馬] | じゃあ、筆を持って |
[???] | はい! |
[天城颯馬] | ここは……こうして……っと |
[???] | わぁ…… |
[???] | すごく、すごくキレイですっ! |
[天城颯馬] | ははっ、おおげさだよ |
[???] | いいえ……すごく、キレイです…… |
…………。……。 |
[???] | …………ま |
[???] | ……うま |
[???] | 天城颯馬! 起きないかっ!! |
[天城颯馬] | う、ん……筆は、もう少し柔らかく……んんっ |
[???] | まだ起きないのか……ぬぬ…… |
[???] | おきないかあああぁぁぁ!! |
[天城颯馬] | うわああああぁぁぁぁっ!? |
[天城颯馬] | な、なんだ……何事だっ!? |
[???] | 寝ぼけている場合ではない! ほれ、しゃんとするのだっ! 早く目を覚ませっ! |
平衡感覚は失われ、どちらを向いているのかも解らない。 |
まさか……大声で目を回すことが出来るとは……夢にも思わなかった。 |
[天城颯馬] | こ、これは……真田殿……? |
[真田幸村] | やっと起きたか。まったく…… |
[天城颯馬] | ど、どうされました? |
[天城颯馬] | 激しい気性だとは思っておりましたが、断りもなしに私の部屋に押しかけてくるなど…… |
[真田幸村] | 寝言を言うなっ! お主を呼びにきたのだ |
[天城颯馬] | ……? |
[真田幸村] | わからないのかっ!? とっくに刻限は過ぎているぞっ! |
[天城颯馬] | え……ああっ!? |
[天城颯馬] | も、もうそのような時刻なのですかっ!? |
[真田幸村] | そうだ! もう皆待っておる! 急げよ! |
慌てて立ち上がり身体を見回す。どうやら着崩れてはいないみたいだが……。 |
[真田幸村] | 急げと言っているっ! |
[天城颯馬] | も、申し訳ない! |
[真田幸村] | お前など捨て置いてもかまわないと思っておったが…… |
[真田幸村] | 御館様がそうも行かないと言うから…… |
皆が待つ軍議の行われている部屋へと急ぎながら、幸村は愚痴をこぼし続けていた。 |
[真田幸村] | はぁ……まさか居眠りしているとは…… |
[天城颯馬] | ……迷惑をかけてしまって、申し訳ない |
[真田幸村] | 右筆というのはずいぶんと暇な仕事のようだな |
[天城颯馬] | そういうわけでは……こうみえても紙に埋もれるほど仕事はあるのですが…… |
[真田幸村] | 居眠りしておった者に言われても信じられるか |
なるほど……。御館様の代筆や公文書の作成、口頭筆記など……いろいろと仕事が多いのは本当だ。 |
最近では御館様の命で戦にも出ていることもあり……本当に多忙なのだ……。 |
[天城颯馬] | お手を煩わせ、申し訳ありませんでした |
[真田幸村] | べつにお主のためではない。御館様に頼まれたから足を運んだまでだ |
幸村の怒りは収まらない。俺の前で文句を言っているのは、真田幸村。 |
最近、御館様に取り上げられ将となったが、その前は俺と同じ近習のひとりだった。 |
忠義に厚く、御館様のために労をいとわずよく働く。その迅速な用兵から、御館様より『雷』の一字を託されている。 |
今では武田の重鎮と言っても過言ではないだろう。 |
武田には、文字を託された者が六人居る。四天王と言われる『風』『林』『火』『山』の四人。それに加えて『雷』『陰』のふたりだ。 |
『風林火山』。 |
元は『孫子』の一節だが、御館様の旗印にも使われている。 |
他に孫子は『雷』と『陰』についても説いており、幸村にはその文字のひとつが託されている。 |
……俺としてはすぐに怒り、雷の様な怒声を放つからに違いないと考えている。 |
[真田幸村] | どうして御館様は、お前などをお側において…… |
溜め息と供に、そんな声が聞こえてきた。 |
[天城颯馬] | ………… |
[真田幸村] | ――っ!? |
と……幸村は言葉が過ぎたと気がついたのか、慌てた様子で口を閉ざす。 |
たしかに、聞きようによっては御館様への批判ともとれる内容だったな……。 |
[真田幸村] | ………… |
その後は口を閉ざしたまま、ふたりで軍議の間へと急いだ。 |
幸村が座るのを確認して、軍議の間へと入る。 |