[天城颯馬] | ここは……!? |
豪華絢爛な内装に、俺は思わず立ちすくんでしまった。 |
床の間に飾られているのは、派手な色彩の掛け軸。 |
欄干に彫りこまれている彫刻も、よく見ると、どこか異国風だ。 |
調度品も南蛮渡来を思わせる造りだし……。 何だか、イヤな予感がするぞ……。 |
[???] | 何をぼんやりしておる! |
弾かれたように、俺は声のした方を見た。 |
[???] | 待ちくたびれたぞ、変態 |
[天城颯馬] | ……! |
イヤな予感、的中……。 |
昨日、俺をボコボコにした女の子が、目の前に座って俺を見下ろしていた。 |
[???] | どうした? 私に挨拶の一つもできぬのか? |
|
[天城颯馬] | し、失礼しました。俺は天城颯馬と申します |
俺は正座をすると、目の前の女の子に頭を深く下げた。 |
[???] | 名前など、どうでも良い。何か面白いことをやってみよ |
[天城颯馬] | は……? |
[???] | わざわざ海で溺れているそなたを拾って、介抱してやったのじゃ。礼の代わりに、何かやれ |
[天城颯馬] | いきなり何かやれって言われても…… |
初対面の俺にいきなり『何かやれ』なんて……この女の子は、一体、何者なんだ……? |
そういえば、尾張の国に『うつけ』と呼ばれる変わり者がいると聞いたことがある。 |
大名らしからぬ変わった服装をしたり、物を食べながら民のように町を歩いたりと、常識外れなことばかりしている変人の若殿という噂。 |
珍しいものや新しいものが好きで、気性が荒い人物だと聞いているが……まさか……この女の子が……? |
いやいや、まさか……な。 |
[???] | どうした? なぜ黙っておる? |
[???] | そうだ……! 何か、面白い舞を舞ってみよ |
[天城颯馬] | えっ!? ま、舞……ですか!? |
[???] | 何度も言わせるな。早くやれ |
[天城颯馬] | で、でも……! 俺は舞なんてできないし……だいたい、いきなり無茶苦茶ですよ! |
[???] | ふん。……つまらん男よのう! |
[天城颯馬] | すみません…… |
この女の子の威圧的な雰囲気……。 |
この子に見つめられていると、なぜか、逃げ出したくなってくる……。 |
なんなんだ、この子は……。 |
[???] | どうした? 何か言いたそうだな |
[天城颯馬] | はい。あの……名前を知りたいなと思って…… |
[???] | 名前……? なんだ、そんなことも知らずに私と話していたのか |
[天城颯馬] | すみません…… |
[信長] | 織田信長だ |
[天城颯馬] | おっ……織田信長……!? |
全身の血が、一気に下がっていくのが自分でも分かった。 |
この女の子が、織田信長……!? |
何をしでかすか分からない、気まぐれで狂気に満ちたうつけものというのが、織田信長の人物評。 |
機嫌を損ねただけで命を落とした家臣もいるという。 |
その織田信長が……この女の子……!? |
ヤバい……。 ヤバ過ぎて、めまいがする……。 |
俺は完全に、信長様のご機嫌を損ねてしまった。 俺も、殺されてしまうのか……? 今? ここで……? |
まだ、今川家どころかどこの軍師にもなっていないのに……。 |
まだ、何も成し遂げていないのに……。 |
なんで、キクゴローは何にも言ってくれなかったんだよっ!? |
[信長] | どうした? なぜ、涙目になっておる? |
俺は土下座をすると、頭を床にこすりつけた。 |
[天城颯馬] | これまでの数々のご無礼、改めてお詫び申し上げますっ! ですからどうか、命だけはお助けを……! |
[信長] | 詫びなど、どうでも良い。それより、お前の連れている猫なんだが…… |
[天城颯馬] | 猫……? |
俺はキョトンとして、顔を上げた。 キクゴローのことか……? |
[信長] | あの猫は、何とも珍妙だな。あれが世に言う知猫だろう? 気に入ったぞ |
[天城颯馬] | はぁ…… |
[信長] | アレを、私によこせ |
[天城颯馬] | はい……? |
[信長] | お前の連れている知猫をよこせと言っておる |
[天城颯馬] | そ、それだけはどうか、ご勘弁を……! |
[信長] | なぜだ? どうせ町では知猫など、人に怖れられ、疎まれておるのだろう? |
[天城颯馬] | それは……そうかもしれませんが…… |
[信長] | 知猫など、所詮は物の怪。化け物ではないか |
[天城颯馬] | ……っ! |
[信長] | 化け物を連れ歩いていることが人に知れたら、お前だって困るだろう。だから私がよく調べた上で、始末をしてやると言って―― |
[天城颯馬] | お断りしますっ! |
[信長] | 何……? |
[天城颯馬] | キクゴローは俺の大切な相棒です! 化け物なんかじゃありません! |
[天城颯馬] | よく調べた上で、始末する……? 冗談じゃないですよ! 俺の大事な相棒を、始末なんて誰にもさせません! |
[信長] | お前……私に意見するつもりか……? |
[天城颯馬] | ……! |
しまった……! |
キクゴローが悪く言われるのがガマンならなくて、つい熱くなって言い返してしまった……。 |
[天城颯馬] | 申し訳ありません……! |
まずい……! このままでは、確実に殺される……!! 信長様に楯突くなんて……、俺はなんてバカなんだ! |
こうなったら…… |
逃げるしかないっ! |