[キクゴロー] | 気が付いた? 颯馬 |
[天城颯馬] | ……えっ、あれっ……? |
目を開けると、そこにはキクゴローがいた。どうやら俺たち二人とも、無事に生きている。 |
[キクゴロー] | もう朝だよ。……それにしても昨日はさすがにもう駄目かと思ったなぁ。でも漏らさなくて良かったね、余計な恥を更にかかずに済んで |
[天城颯馬] | ……キクゴロー、ここはどこかな……? |
[キクゴロー] | 見てわかるでしょ、座敷牢だよ |
[天城颯馬] | 座敷牢…… |
何だか頭が重たくてぼーっとする。周囲を見回しながら、俺は昨日、気を失う前のことを思い返していた。 |
[キクゴロー] | 颯馬はあのまま気を失って、そのあと僕も一緒にここへ連れてこられたんだ |
梵天丸、と呼ばれた女の子。たしかに最初会った時、感じるものがあったし、思い返してみれば面影は残っている。 |
[天城颯馬] | あれが……伊達の……? |
でも、あんな冷たい目をするような子では無かった。敵とはいえ、何人もの人を、躊躇無く刀で切り捨てるような女の子では無かったのに……。 |
[キクゴロー] | 颯馬、そう落ち込むなって~。こんな戦乱の世じゃ人は変わって当然でしょ? |
『冷酷非道の血まみれ当主』の噂が嘘だというのを確かめたくて、俺はここまで来たのに……。 |
ガラッ!!(引き戸の音) |
[???] | お? 目が覚めたか? |
突然扉が開き、見知らぬ女の子が現れた。可愛らしい幼い顔立ちだったが、雰囲気はきりりとしている。侍なのだろうか。 |
[天城颯馬] | ……君は |
[???] | 思ったより元気そうだな。それじゃお前、そっちの猫を置いてこっちに来い |
[キクゴロー] | 猫じゃないよ、キクゴローだ! |
[???] | きゃああっ!? |
女の子は、喋ったキクゴローに飛び上がるほど驚き、そして恐る恐る俺のほうを見る。 |
[???] | え、あの……これって腹話術……? |
[天城颯馬] | 違う違う! |
[???] | ……驚いた。ひょっとして、この猫は人の言葉を話すのか!? |
[キクゴロー] | ふふん |
[天城颯馬] | あ、ああ……。キクゴローは俺の連れで |
[???] | へえ、そうなのか?? よくわかんないけど……まあいいや!! 二人とも、私について来い! |
俺たちは女の子に言われ、座敷牢を出た。 |
[???] | 姉上、連れてきたぞ!! |
[???] | ………… |
[???] | ………… |
俺とキクゴローは、謁見の間に通される。そこには昨日の……梵天丸らしき女の子と、もう一人の女の子の姿があった。 |
[???] | ほら、お前たち。もっと前へ行け |
[天城颯馬] | は、はい…… |
そう言われて、俺たちは顔を伏せたまま上座に近付く。 |
[???] | ……おい、顔を上げて見せろ |
すぐ近くにあるだろう冷たい目に怯みながら、俺は恐る恐る顔を上げた。 |
[天城颯馬] | ……あの |
たしかに面影がある。そして美しい顔立ちをしていた……でも、とても冷たい人形のような表情で、怖いとさえ感じる。 |
[???] | ……お前、一体何者だ? |
[天城颯馬] | あ、天城颯馬と、申します…… |
顔色一つ変えずに、女の子は淡々と言葉を続ける。 |
[???] | ……成実、何故猫まで連れて来たのだ |
[???] | 姉上、この猫は人の言葉を話すんだぞ? ちょっと驚いた!! |
[???] | ……そうなのか? |
[キクゴロー] | そうだよ |
[???] | ……!! |
[???] | そういえば前に聞いたことがあるな……、人の言葉を喋り、人と同じような知能を持つ猫が存在すると |
そう言いながら、隣の女の子がキクゴローを珍しそうに見ている。年は……梵天丸より少し上、といったところだろうか。物静かな感じの人だなぁ。 |
そしてこの人も美人だ。 |
[???] | ……それじゃあ一応そっちの猫の名前も聞いておこう、名はあるのか? |
[キクゴロー] | キクゴローだよ |
[???] | ……ふうん |
女の子は表情を変えないまま、俺に質問を続ける。 |
[???] | ……天城と申したな。素性を話せ |
[天城颯馬] | あ、あの……私は、仕えていた家が滅亡して、今は牢人の身です…… |
[???] | ……身分は |
[天城颯馬] | 一介の兵でございます |
[???] | ……一介の兵が、何故刀も持たずにあのような場所にいたのだ |
今は梵天丸に会いに来た、と言えるような雰囲気では無かった。俺はとりあえず、自分の素性だけをありのまま話す。 |
[天城颯馬] | その、今は牢人ですが、私は軍師を目指し勉強をしております。持っていた刀は、兵法の書物に変えてしまいました |
[キクゴロー] | 馬鹿だよねぇ。そのくらいの知識、僕が教えてやるのに |
[???] | ……猫がか? |
[天城颯馬] | 私は、キクゴローに兵法の知識を学んでおります |
[???] | ……その猫が師だと言うのか |
[キクゴロー] | うん。そうだよ |
[???] | ……解せぬな、ますます怪しい |
[天城颯馬] | えっ!? |
[???] | そうだな。先ほどから聞けば聞くほどに……いくら人の言葉を話すとはいえ、猫が師とは考えられない |
[天城颯馬] | そんなっ! 本当のことです! |
[キクゴロー] | 本当だよっ!! |
確かに本当のことだけど、自分で言っておきながらやっぱり怪しいよなぁ!? |
でも嘘をつくわけにもいかないしどうしたらいいってんだ!! |
[???] | ……小十郎、こやつをどうしたらいいだろう |
[???] | 梵天丸、やはりこの者は間者だろう。怪しすぎる……このまま生かしておいても…… |
俺、やっぱり殺されるのか!? |
[???] | そしてその猫も怪しすぎる、化け猫の類だろうな |
[キクゴロー] | だ、誰が化け猫だよっ!! |
[???] | ええっ!? 小十郎、猫は私が飼うから殺さなくってもいいよ!! |
[???] | なんだなんだぁ? |
そのとき部屋に、一人の女がどかどかと足音をたてて入って来た。 |
[???] | ……良直か |
[???] | さっきから騒々しいな、一体なんの話をしているんだ? ……おや、この男は? |
[???] | 昨日お話した怪しい男です。丸腰でうろついておりましたので、間者ではないかと思い、捕らえました |
[???] | 間者ねぇ……? ふうん…… |
そう言いながら、その女は俺の顔をじろじろと見た。それこそ頭のてっぺんからつま先までを、何度も何度も。 |
ここに居る他の三人よりは年上のようで、動き易そうな格好をしている。ちょっと目の毒にもなりそうなくらいで……そしてやはり美人だった。 |
[???] | ……ん~~…… |
[天城颯馬] | あの……? |
女は俺の顔をじっとみつめたあと、何かに納得したような様子で小さく頷く。 |
[???] | そうか、お前は…… |
[天城颯馬] | ? |
[???] | なあ政宗、こいつは何かに使えそうに無いのか? |
[???] | 良直……何を急に言い出すんだ |
[???] | えっ? 鬼庭殿。使える、とは……? |
[???] | ほら例えば、武芸に優れているとか、歌が上手く歌えるとか、空を飛べるとかさ |
[天城颯馬] | えっ? えっ? |
[キクゴロー] | えっ? えっ? |
俺を殺す殺さないという話が急に変わって、ついていけない。キクゴローも首を傾げている。 |
[???] | こやつ、さきほどは軍師を目指して勉強をしていた……とは言っていましたが、それが本当かどうかは |
[???] | 軍師? 面白い! いいじゃないか。ちょうど居ないんだし、ここで使ってみたらどうだ? |
[???] | ですが、猫を師にしていたとふざけたことを言っておりまして |
[キクゴロー] | ふざけてなんかないよっ!! さっきから言ってるじゃない!! |
怒ったキクゴローが毛を逆立てて威嚇する。 |
[???] | おやまあ、この猫ちゃんはひょっとして、知猫というやつかな? |
[キクゴロー] | そうだよ。僕、キクゴローっていうんだ。よろしくね |
女はキクゴローにもさほど驚かず、言葉を続けた。 |
[???] | 知猫に仕込まれた軍師か……案外役に立つかもしれないぞ。景綱、何か問題を出して試してみてはどうだろう? |
[???] | 問題を、ですか |
景綱と呼ばれた女の子は、少し首を傾げて考えたあと、俺に質問をした。 |
[天城颯馬] | ……いかがでしょうか |
キクゴローに教えられたことも、書物にあったことも、間違いではないはずだ。 |
[???] | ………… |
[???] | ………… |
でも、この沈黙が怖い。 |
[???] | ほう。中々やるな……これなら確かに使えるかもしれない |
[天城颯馬] | ……ふぅ…… |
そう言われ、俺はようやく安心した。命が助かるかもしれないということと同時に、俺の軍師としての知識を認めてもらえたことも嬉しかった。 |