[???] | んー、ソウちゃんまだかなー。早く帰ってこないかなー |
[???] | だよねー、軍議をサボって遊びに行っちゃうなんて、軍師の風上にもおけないよねー |
[???] | あらあらキクゴローちゃん。そんなこと言ったらソウちゃんが可哀想よう。ソウちゃんはソウちゃんなりに、いつも頑張ってるんだから |
[???] | 優しいのはいいけどさ、そんなに甘くっていいの?仮にも義久は当主でしょ? |
[???] | んーでも、まだサボりだって決まったわけじゃないし、とりあえずひろちゃんの帰りを待ってからでも……あっ |
[???] | どうやら帰ってきたみたいだね |
[義弘] | ほらほら、遅い遅い遅いっ! ちゃんと本気で走ってるの? |
[天城颯馬] | ひぃ、ひぃ……。全力疾走してるよっ。お前の体力を基準にするなぁ! |
[義弘] | まったく、だらしないんだから……あっ、お姉ちゃん! |
[天城颯馬] | なにっ、よしねぇだとっ! |
[義久] | ソウちゃん、ひろちゃん。おかえりなさーい! |
俺の目の前には、ひらひらと笑顔で手をふる美女。 |
彼女こそ、日新斎様をして『三州の総大将たるの材徳自ら備わる』とまで言わせた島津家現当主、島津義久である。 |
[天城颯馬] | た、助けてよしねぇっ! |
[義弘] | あっ、こら! 待ちなさい! |
[義久] | あらあらまぁまぁ |
最後の力を振り絞ってすがりついた俺を、よしねぇは苦笑しつつもすかさず背後にかくまってくれた。 |
[義久] | ソウちゃん、おかえりなさい |
[義弘] | こら颯馬! 隠れてないで出てきなさい! あとよしねぇ、颯馬を甘やかしすぎ! |
[義久] | でもぉ、こんなに息も絶え絶えだし、少しは休ませてあげないと…… |
[義弘] | そんな暇はないでしょうっ! ていうかお姉ちゃん、軍議はどうしたのよ! |
[義久] | それなら心配いらないわよー。としちゃんといえちゃんが進めてくれてるから |
[義弘] | あ、あのねぇ、仮にもお姉ちゃんは島津家当主でしょ? それが、そんなのんびりしたことで…… |
[義久] | 大丈夫大丈夫。あの二人に任せておけば、きっとぜーんぶなんとかなるなる |
[義弘] | そうやって呑気に構えていた結果が、今の情勢なんだけど…… |
[義久] | へーきへーきっ。日新斎様だって『大将たる者は腹を据えて動じないことが勝利の根本である』っておっしゃってたし |
[天城颯馬] | は、ははは…… |
[義弘] | ………… |
島津義久、通称よしねぇ。 |
日新斎様をして『三州の総大将たるの材徳自ら備わる』とまで言わせた島津家の現当主。 |
確かに、腹が据わっていると言えないこともないが……さすがに呑気すぎないか? |
かばってもらっておいてなんだけど、ちょっと不安になってきた……。 |
[キクゴロー] | ほらほら、二人とも呆れちゃってるよ。さすがにもうちょっとしっかりしたほうがいいんじゃないかなぁ |
[義久] | うーん、キクゴローちゃんが言うのなら、そうした方がいいのかなぁ |
あ、そうそう。よしねぇの隣で訳知り顔して人の言葉を喋っているこの変な猫。こいつの名前はキクゴロー。 |
俺が実家の天城家にいた頃からずっと一緒にいる、義弘以上の腐れ縁。 |
知猫(ちねこ)という非常に珍しい種類の猫で、祖先から代々知識を継承しており、豊富な知識を頭に蓄えている。 |
自分が実際に経験していないことでも、先祖の記憶に残っている事柄であれば全部知っているというすごい能力の持ち主だ。 |
が、普段はそんな様子は微塵も感じられず、誰よりも態度が大きくて偉そうに喋るという以外は普通の猫とたいして変わらない。 |
まぁ、それはそれで気楽だし、たまにはためになることも教えてくれるので、それなりに気の合う相棒ではある。 |
[義弘] | まったく……お姉ちゃん、あと後ろに隠れている颯馬も、さっさと軍議に戻るわよ。妹たちに任せっぱなしにしておくなんて、もう…… |
[義久] | だからぁ、あの二人ならきっとしっかりやってくれてるわよー |
[義弘] | 問題はそこじゃなくてっ! お姉ちゃんは当主なんだから、軽々しく軍議の席から離れちゃダメでしょう! |
[義久] | えーでもぉ。ソウちゃんにもしものことがあったらと思うと心配で心配で…… |
[義弘] | こいつは殺したって死ぬようなヤツじゃないんだから、そんな心配なんていりません! |
[天城颯馬] | いや、走りどおしですでに虫の息なんだが…… |
[義弘] | 鍛え方が足りないのよ。そんなんじゃこれからの戦で生き残っていけないわよ |
[天城颯馬] | ちょ、さっきと言っていることが真逆なんだが |
[義久] | あらあら、ソウちゃん疲れてるの? ちゃんと朝ごはん食べた? まだなら、おねえちゃんがなにか作ってあげるけど…… |
[天城颯馬] | いぎっ! だ、大丈夫! もう全然平気! 元気だしやる気まんまんだし! さ、さあ行くぞーっ! |
[義弘] | まったく…… |
[キクゴロー] | まぁ、義久に台所に入られるわけにはいかないしねぇ…… |
やれやれと言った様子で義弘とキクゴローが俺に続く。 |
[義久] | もう……遠慮しなくていいのにー。あ、みんな、待ってぇ~。置いてかないでぇ~ |
[天城颯馬] | …… |
軍議の時間を間違えた俺が言うのもなんだが、本当によしねぇが当主で大丈夫なんだろうか……。 |
[???] | やはり、この山麓を拠点にし、谷間におびき寄せた敵を一気に攻めるのが上策かと |
[???] | でも、そのあたりは島津の力が及ばなくなっちゃった地域だよ? 兵を伏せようにも事前に知られちゃうよー? |
[???] | 問題ありません。すでに周辺の地侍には調略をすませてありますから、寡兵なら敵に悟られること無く十分に伏せておけます |
[???] | さっすがとしねぇ! だったらあとは……向かい合ったこっちの山にも兵を伏せて、谷間の道には囮の部隊を…… |
軍議の間の中心に置かれた薩州の地図を見ながら、二人の女の子が難しい顔をしながら議論している。 |
だが、その様子は真剣ながらも、どこか楽しげでもある。 |
おなごとはいえ武人の家に生まれ、武人として育てられた二人にとって、軍議はその才を大いに発揮する場でもあるのだ。 |
[義久] | としちゃん、いえちゃん。たっだいまー |
[義弘] | 二人とも、ただいま |
[天城颯馬] | あはは……た、ただいま~ |
[家久] | あっ、おにいちゃん! おかえりなさーい! |
[歳久] | よしねぇ、ひろねぇ、おかえりなさい。どうやらバカは無事捕獲できたようですね |
[天城颯馬] | ちょっ、いくらなんでもバカはないだろう! |
[歳久] | 軍議をサボる軍師をバカと言わずして何といいますか。まったく、そんなことだから盆暗軍師などと陰口を言われるのです |
[天城颯馬] | うぐ…… |
[家久] | あはは~。でもでも、無事でよかったね。万が一、何かあったら大変なことになってたもん |
[義久] | でしょでしょ? だからおねえちゃんも心配で居ても立ってもいられなくて、思わず外まで…… |
[歳久] | よしねぇは颯馬を甘やかしすぎです。探すのはひろねぇに任せたのですから、当主たるものちゃんと軍議に参加してください |
[義久] | ええ~、そんなぁ~。くすん、としちゃんにまで叱られちゃったぁ |
思わず涙目になるよしねぇ。 おいおい、姉の威厳ってものは無いのか。 |
さて、それはさておき、俺たちがいない間に軍議を進めていたこの二人。 |
彼女たちは島津四姉妹の三女の歳久と四女の家久、通称としちゃんといえちゃんである。 |
三女の歳久は日新斎様に『始終の利害を察する知計が並びなし』と評された智将だ。 |
外交や調略などの利害調整や、軍事行動における補佐などでその手腕を発揮している。 |
だが、どういうわけか俺のことはあまり好きではないらしく、いつも言葉が冷たく鋭い。 |
さらに、口調が丁寧で礼儀や敬語がしっかりしている分、辛辣なことを言われるとグサリとささる。 |
義弘の俺に対する攻撃が肉体的なものであるのとちょうど正反対で、歳久の攻撃は精神的な面をえぐってくる。 |
彼女はとても利口な子だから、あまり役に立たない俺のことを軽蔑しているのかもしれないな。 |
『としちゃん』というあだ名も、みんなが呼ぶのは問題ないのに、俺だけにはそのあだ名で呼ぶことを許してくれないんだよなぁ……。 |
[歳久] | 何をぼーっとしているのですバカ颯馬。さっさと座って軍議に参加してください。まぁ、どうせ大した策はないでしょうけど |
[天城颯馬] | …… |
本当に、どうしてこんなにこの子は冷たいのだろう。 お兄ちゃん傷ついちゃうよ。 |
[家久] | あははは。もー、としねぇは相変わらずきびしいなぁ。ほらおにいちゃん、そんなに悲しそうな顔しないで、いい子いい子 |
[天城颯馬] | ううっ、ありがとういえちゃん…… |
そして今、こうして俺を慰めてくれているのが、いえちゃんこと四女の島津家久である。 |
彼女は日新斎様に『軍法戦術に妙を得たり』と評された軍略の天才である。 |
義弘が自ら兵を率いて敵中を突破する切り込み隊長の才に長けているのに対し、いえちゃんは軍略を練り、その実行のために兵を動かすのに長けている。 |
知略の歳久に軍略の家久。どうもこの姉妹は、年下の子ほど頭が冴えているようだ。 |
[家久] | なでなで~。落ち込まない落ち込まない |
[天城颯馬] | うん、もう大丈夫だよ。本当にいえちゃんはいい子だなぁ…… |
慰めてくれたお礼に、今度は俺がいえちゃんの頭を撫でてあげる。 |
[家久] | ん~っ。えへへへ…… |
あー、このほやんとした笑顔。 何とも言えない。 癒される……。 |
こんな子が兵を手足のように操り敵を翻弄するなんてにわかには信じがたいが、彼女はまだまだ自分に満足していないらしい。 |
なんでも、よしねぇのような美貌と、義弘のような武勇と、歳久のような知略をも身につけるのが目標だという。 |
う、うーん。 夢が大きいのはいいことだけど、それが実現したら、すごすぎて逆にちょっと怖いかも……。 |
でもまぁ、将来美人になることは間違いないな。 笑顔が可愛い子は美人になる。これ、俺の持論。 |
[義弘] | ほらほら、いつまでも遊んでないの。ただでさえ颯馬の遅刻で時間がおしてるんだから |
[歳久] | そうですよバカ颯馬。この期に及んでまだ軍議の邪魔をしますか? |
[義久] | そうよそうよ~。いえちゃんばっかりずーるーいー。私のことも撫でて撫でて~ |
[義弘] | お姉ちゃんもっ! いちいち颯馬にかまわない! |
[歳久] | そのとおりですよしねぇ。颯馬のバカが伝染りでもしたら一大事です |
[天城颯馬] | …… |
義弘と歳久は、よしねぇやいえちゃんを見習って、もうちょっと笑顔と優しさをみせるべきだと思う。 |
ただ、よしねぇも、妹たちを見習って、もう少ししっかりするべきだと思う。 |
[天城颯馬] | …… |
そう、みんな才はあるんだ。 日新斎様がおっしゃったとおりに……。 |
だた……みんなそれぞれ性格に一癖も二癖もあるんだよなぁ……。 |