[毛利元就] | ソウちゃん…… |
元就の声が聞こえた気がした……。そういえば子供の頃、夜中だっていうのに元就が俺のところに遊びに来て、二人して志道殿に怒られたなぁ |
……。 |
[毛利元就] | ソウちゃん…… |
また聞こえた。そうか、これは夢か……。 |
[毛利元就] | ソウちゃんってばっ!! |
[天城颯馬] | うおっ!? |
[天城颯馬] | 元就、夜中に遊びにきちゃだめってさっき怒られただろ。志道殿にまた怒られたら…… |
[毛利元就] | ソウちゃん寝ぼけないでよ、猫ちゃんたちが大変なの! |
猫……? |
俺はどんよりした頭を振って、眠気を振り払った。どうやら夕方までのつもりが夜までどっぷり寝てしまったらしい。 |
段々思い出してきた……元就がいう猫とは、たぶん三匹の子猫のことだろう。 |
[天城颯馬] | 猫って子猫? どうしたんだ、まさか志道殿に見つかったのか? |
[毛利元就] | ちがうの、そうじゃなくて、大変なの! |
普段おっとりしてるから、慌てたときの元就はうまく状況を伝えるのが苦手だ。 |
ここまで混乱するようなよっぽどのことがあったんだろうか。 |
……子猫に? |
[キクゴロー] | なに? 僕、寝てるんだけど……騒がしいのは外でやってよ |
キクゴローだ。いつの間にか俺の側で寝ていたらしい。……全然気づかなかった。 |
[毛利元就] | あ! キクゴローちゃんなら、なにかわかるかも!ちょっといっしょに来て |
そう言うが早いか、元就は寝ぼけまなこのキクゴローを抱えて俺の部屋を飛び出していった。 |
一体何事だろう。夜に城内を走り回ったら、それこそ子猫を隠してるのが志道殿に見つかりそうなもんだが……。 |
あの慌てぶりはただごとではない気がする。俺はとにかく元就の後を追って部屋を出た。 |
[天城颯馬] | 元就の部屋……来るのは久しぶりだな |
[天城颯馬] | お邪魔しまーす。元就、さっきのは一体…… |
[毛利元就] | わぁっ!? だめだめだめ、ソウちゃんは入っちゃだめーーっ! |
[天城颯馬] | え? あの…… |
[毛利元就] | 外に出ててっ!! |
[天城颯馬] | えーと…… |
追い出されてしまった。さっきは俺の部屋に元就が来て、救いを求めてた感じだったのになぁ? |
だが元就が部屋に入っちゃだめと言うんだから、だめなんだろう。しかしわけがわからないので、襖に耳を当てて中の様子を探る。 |
[毛利元就] | ……ひそひそ……猫? |
[キクゴロー] | ……ひそひそ……猫…… |
うーん、小声でひそひそ話してて何を言ってるかさっぱりだが、猫が問題らしいことだけはなんとなくわかった。 |
状況を聞こうと外から声を掛けかけたが、思い止まってやめた。部屋の中では誰かがごそごそと動き回り、未だに混乱しているようだ。 |
声を掛けてもこちらに説明してくれる余裕はなさそうだし……。 |
かといっていざというとき頼られてもその場に居ないんじゃ話にならないから引き返すわけにもいかない。 |
少なくとも中にはキクゴローがいるし、猫に関することなら俺よりも役には立つだろう。 |
俺は所在無く壁にもたれて、そのまま廊下に座り込んだ。 |
そして何となく夜空を見ているうちに、再び眠りに落ちてしまった。 |
[???] | 颯馬…… |
志道殿、俺はやりました……軍師の勉強をしましたよ……。 |
[???] | 颯馬…… |
はい、必ず元就の……毛利家のお役に立ちます。ですから何卒、何卒、軍師として仕官を……。 |
[志道広良] | 颯馬っ!! 起きんか、ばかものっ!! |
[天城颯馬] | うおっ!? ま、また……!? |
[志道広良] | またとはなんじゃ、しゃきっとせんか! |
[天城颯馬] | 痛てっ! 志道殿、朝から拳固とは厳しすぎます |
[志道広良] | ふんっ! 今度こそ目が覚めたじゃろう。それに返答次第によっては拳固では済まさんから覚悟せいっ! |
[天城颯馬] | な、何をそんなに怒って…… |
[志道広良] | ここは元就様のお部屋の前じゃ。年頃の男がその前で何をしておるのか、はっきりせい |
元就の部屋の前……。年頃の男……?いやまさか、志道殿が疑っているのは男女の……。 |
[天城颯馬] | いやいやいや、何もありません、誤解です! そういうことではありませんっ! |
[志道広良] | ではどういうことじゃと聞いておるっ! はっきり答えんか! |
しまった。説明しようにも、俺にもどういうことかわかってない。 |
軍師の職を失い、屋敷を叩き出される自分の姿が一瞬脳裏に浮かんだ。 |
[天城颯馬] | こ、これについては元就から、くわしい説明が……も、元就~? もう問題は片付いたのかな~? |
……反応がない。まさか、俺を置いて別の場所へ?いやそれとも子猫を志道殿から匿うため、俺を犠牲に……? |
[天城颯馬] | 元就~、返事しようよ。志道殿が心配……っていうかすごい睨んでるんだけど、ねぇ、聞いてる? えーと、ほら、あれは隠して…… |
[志道広良] | どけ颯馬。かくなるうえはわしがこの目で確認いたす |
[天城颯馬] | 待ってください! それはちょっと……志道殿! |
まずいって、中には子猫が……でも俺の立場も証明したいし……いやしかし子猫がっ! |
[志道広良] | ええい止めるな颯馬、元就様に何かあれば先代に申し訳が立たぬっ! |
[天城颯馬] | 志道殿、今しばらく、今しばらくお待ちを~~っ! |
[志道広良] | ええい問答無用じゃ! 元就様、ご無礼お許しをっ! |
俺は志道殿にしがみついたまま、いっしょに元就の部屋になだれ込む形になってしまった。 |
子猫は見つかってしまった、かわいそうだが諦めるしかない、そう思って目を開けると……。 |
[志道広良] | おぬしら、誰じゃ!? |
[天城颯馬] | え? |
[天城颯馬] | ほ、ほんとに誰だろう……? |
俺の先の想像では、部屋の中にいるのは泣きそうな元就と三匹の子猫とキクゴロー、のはずだった。 |
しかし実際にそこには、眠そうな顔の元就とキクゴロー、そして……一風変わった服を着た三人の女の子だった。 |
部屋のどこを見渡しても、子猫の姿はない。うまく隠したのか……でもこの人たちは一体……? |
[志道広良] | く、曲者っ!! |
[天城颯馬] | ええっ!? |
[志道広良] | 部屋の外で番をしながら何たる失態だ颯馬! こやつらはわしに任せて元就様を早く! |
[毛利元就] | どうしたの~? ソウちゃん、広爺…… |
眠そうな目をこすりながら元就が立ち上がった。返事がないと思ったら、寝てたのか……。 |
[志道広良] | 元就様、曲者から離れなされ! |
[毛利元就] | 曲者って? どこ? |
[志道広良] | ぬぅ、切り捨て御免っ! |
志道殿は言うが早いか、腰の刀を抜いて三人に斬りかかる。 |
しかし志道殿を上回る反応で三人は刀を避け、ひとりが首筋に手刀を振り下ろした。 |
[志道広良] | グッ…… |
[天城颯馬] | 志道殿っ!? |
思わず俺も戦闘態勢を取るが、状況を察した元就が慌てて割って入ってきた。 |
[毛利元就] | わわわわ、待って待って、この子たち違うの、曲者じゃないよっ!! |
そして三人を振り向き、志道殿に手刀を食らわせた子をたしなめる。 |
[毛利元就] | こんなことしちゃ、だめでしょ! |
[???] | う……うにゃ? |
[毛利元就] | もう……ソウちゃん、ちょっと広爺をそこに寝かせておいて |
[天城颯馬] | あ、ああ…… |
[毛利元就] | あのね、この人は味方なの。私の大事な人なの。いきなり斬りかかってきたのはびっくりしたと思うけど、ちゃんとお話すればわかってくれる相手を…… |
俺は志道殿を介抱しながら、元就のいつになく毅然とした態度に唖然としてしまった。 |
あの元就が他人を厳しく……いや厳しいわけでは決してないが、毅然とした口調で諌めているのは珍しい。 |
今まで借り物の猫のような当主だと思っていたが、こういうところを見ると思わず感心してしまう。しかし相手の三人組みは、一体何者なんだ? |