孫子の一節『動かざること山の如く』を武田軍で体現する家臣。
見た目の印象は少年だが、先代当主、信虎の信頼も篤かった武田家の重臣で、信玄も強い信頼を寄せている。
戦場に置いてはどっしり構えて戦況を眺めつつ行動するが、普段の日々では思わぬ悪戯を企むこともある。
山県昌景は戦国時代の武将。甲斐武田氏の家臣で、武田四天王の一人。武田の重臣中の重臣。
山県隊は部隊の軍装を赤一色に統一、編成したことから『赤備え』として諸大名から畏怖された。
武勇に優れる昌景ではあったが、風采は冴えなかったとされている。身長は130センチから140センチと小柄で、体重も軽く、痩身で兎唇の醜男だったと言われている。
信玄の異母弟・一条信龍が昌景に対して『山県隊はなぜそんなに強いのか』と訊ねると『訓練も重要ですが、それだけではなく、一番大切なのは戦に臨む心がけであり、いつも初陣のように合戦に赴く覚悟で慎重に策を練り、勝てると思っても確信しない限り戦わないようにしているからです』と答えたという。