龍造寺家家臣。
真面目で几帳面な人物。責任感も強く、自らが果たさなければならない責任のためになら、時に人を驚かせるような振る舞いを見せることもある。
彼女の周りには不思議と猫の話題がつきまとう。中には彼女自身が化け猫なのではないかと思わせるような話もあるが、真相はわかっていない。
肥前の戦国時代・安土桃山時代の武将。龍造寺家当主龍造寺隆信の義兄弟にあたり、隆信のもとで武功を重ねた。
元亀元年(1570年)の今山の夜襲では大友方を破り、奇跡的な勝利をもたらした。天正12年(1584年)の沖田畷の戦いで隆信が討死すると、隆信の嫡子である政家を補佐。その後に島津氏に恭順を示したが、豊臣秀吉に早くから誼を通じて、島津氏に恭順しつつも裏では九州征伐を促した。この一連の動きを秀吉は高く評価し、龍造寺氏とは別に所領を安堵、龍造寺政家に代わって国政を委ねるよう命じた。そのため、国政の実権は直茂が掌握するところとなり、朝鮮出兵においては龍造寺家臣団を率いて渡海した。