一条家

一条兼定
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武将史実

武将史実

戦国時代から安土桃山時代にかけてのキリシタン・戦国大名、土佐国司。土佐一条氏の事実上の最後の当主。永禄元年(1558年)ごろから土佐において、西園寺公広に抗した。天正元年(1573年)に権中納言に補任されるが間もなく辞職する。やがて、政治を省みなくなり、さらに諌言を重ねた土居宗珊を抹殺したことで、家臣団の支持を完全に失う。その後、ますます乱行を続けた兼定は、他の三家老羽生、為松、安並等の合議によって、天正元年(1573年)9月、隠居を強制され天正2年(1574年)に豊後国臼杵へ追放され、大友氏を頼った。一代で土佐一条氏を滅ぼしたため暗愚な武将として知られており「性質軽薄にて、人の諌言を顧みない」と評されるほどである。また、兼定追放には土佐一条家の自立傾向に反発する一条家本家の意向もあったと言われている。

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