Flex Comix Web コミック「戦極姫」連載開始!

龍造寺家

喉ではなく、何故か頭がじんじんと痛んでおり、俺は足をふらつかせながら、近くにあった木にもたれかかり、意識を失った。
木下昌直再生
[木下昌直]
おい! おい! 起きろって
[天城颯馬]な、なんだ……木下か?
木下昌直再生
[木下昌直]
お前すげえな! 軍師のくせに中々やるじゃねえか! ただの頭でっかちの女たらしじゃなかったんだな!
[天城颯馬]な、何のことだ? それに、俺は女たらしじゃない……
木下昌直再生
[木下昌直]
いやぁ、見事だったよ、ほんと。四天王も目を丸くしてたぜ!
[天城颯馬]???
木下昌直再生
[木下昌直]
まぁとにかくすごかったんだ! よかったな
俺は何がなんだかわからなかったが、とにかく事態が好転したことだけはわかった。
[天城颯馬]しかし、お前に巻き込まれて大変な目にあった……俺は実戦向きじゃないのに……
自分では覚えていないのだが、どうやら面目をほどこしたようで、俺は痛む頭をさすりながら、木下と城内の廊下を歩いていた。
木下昌直再生
[木下昌直]
お前は女たらしのキザ野郎だと思っていたが、見直したぜ……これからもよろしくな!
[天城颯馬]女たらしじゃないと何回いったらわかってくれるんだ……? はぁ、でもまぁ、これから長い付き合いになるだろうし、よろしく
木下昌直再生
[木下昌直]
俺も好敵手のお前に負けちゃいられねえな……よーし、どっちが先に四天王になるか勝負だ!
[天城颯馬]いや、俺は別に四天王とか興味ない……って、いつから好敵手になったんだ? まぁ、どうでもいいことだけど……
[天城颯馬]もしかしたら、いい仲間が出来たのかも知れないな……
木下の性格からして何かと巻き込まれることは多そうだが、それでも一人であの四天王の中に入っていくことに比べれば、大したことではない気がする。
一人で意気込んでいる木下を横目に見ながら、俺は小声で呟いて、笑みを浮かべた。
[天城颯馬]ふぅ……日を追う毎にやる事が増えて行ってる気がするなぁ……
[キクゴロー]それだけ、颯馬が信用されて仕事を任されてるって事じゃないの?
俺は昼飯を食べた後、自室に戻って休みを取っていた。
[天城颯馬]んー……まぁな
[キクゴロー]妙に元気ないね、颯馬。何か悪いものでも食べた?
[天城颯馬]いや、そういうんじゃないんだけど
[キクゴロー]ここに仕えてからは、毎日結構いいもの食べてるよねぇ……どうしたの?
日々日々仕事が増えていく現状に、俺は少し疲れを感じてしまっていた。
[天城颯馬]どうしたと言われても、特に何かある訳じゃないんだけど……はぁ、癒しがほしい……
[キクゴロー]癒し……?
そうキクゴローはつぶやくと、とてとてと近づいてきて、手……いや、前足を差し出す。
[天城颯馬]……何?
[キクゴロー]颯馬、癒しが欲しいって言ったじゃん。だからほら、特別に僕の肉球触らせてあげるよ
[天城颯馬]……ふにふに
少し癒された。だけど、そんなんじゃないんだ!
[天城颯馬]ありがとう……もういいよ
そう言うと、キクゴローはそう? と首をかしげて前足を引っ込める。
[天城颯馬]なんだか、やる気が起きないんだよなぁ……
一時は間者ではないかと疑われていたのが嘘のように内政や軍政で成果を上げては来たものの、問題の種は尽きない訳で……。
[キクゴロー]え、でも……以前の、一枚の干物を奪い合った日々に戻りたくはないんでしょ?
[天城颯馬]それはそうなんだけど、俺は本当にここでやっていけるのかなぁ……
実は他にも懸念があった。
現在遠征中で、顔を会わせた事はないものの、筆頭軍師が龍造寺家にはいるのだ。それが気を重くしてしまっていた。
[キクゴロー]颯馬は気にしすぎなんだと思うよ。昌直なんて、うまくやってるじゃん
[天城颯馬]むぅ……あいつは頭まで筋肉で出来てるから、そんな深い事は考えないんだよ……
[キクゴロー]今じゃ自称四天王の一員だよ?
[天城颯馬]……あいつ、結構戦場で手柄立ててるんだよなぁ
手柄が全てとは思わないが、それでもやっぱり同時期にここに仕えはじめた者の動きは気になるものだ。
それがやたらと目立ちたがりな木下のような人物であればなおさら気に掛かる。
[キクゴロー]小競り合いが殆どだったけどねー
全ての戦に四天王が出て行く訳でもなく、四天王以外では層の薄い龍造寺だけに、木下はそれなり以上の戦果を挙げつつあった。
[天城颯馬]軍師ってやっぱ地味な仕事なのかなぁ……内政や軍政でいくら頑張っても、はっきりとした結果が出るわけでもないんだもんな……
[天城颯馬]そういえば最近、殿にもお目通りかなってないなぁ……
[キクゴロー]やれやれ……無駄に前向きな所が颯馬のいいところだったのに……
[天城颯馬]聞く所によると、筆頭軍師は殿と非常に親しくて、その関係の深さは四天王以上なんだとさ……
[キクゴロー]前の仕官先だって、筆頭軍師じゃなかったじゃん……
[天城颯馬]そうなんだけどなぁ……留守の間に実績積んでも、筆頭軍師殿が戻って来たら、お役御免て事になったりしないかと思って……
[キクゴロー]取り越し苦労だよー
[天城颯馬]そうかなぁ……
[キクゴロー]もー愚痴ばっかり聞かされてたら、こっちまで落ち込んで来るじゃん。いつかいい事あるから、まじめに頑張ろうよ。ね?
[キクゴロー]きっと、颯馬が頑張ってるとこ、誰か見てくれてるって……
[天城颯馬]悪いなキクゴロー……ありがとう
俺はキクゴローの言葉に、おもわず涙ぐんでしまっていた。
信常エリ再生
[信常エリ]
あぁ、いたいた。 半刻後に、軍議を行うから、来いってさ
[天城颯馬]信常殿、何か急変でもあったんですか?
信常エリ再生
[信常エリ]
留守にしていた、筆頭軍師殿が戻って来るんだってさ……時間までにちゃんと来るんだよ?
[天城颯馬]筆頭軍師殿ですか……了解
[天城颯馬]ふぅ……ちょうどいい契機かもしれないな……
[キクゴロー]何が?
[天城颯馬]ここをやめるには、いい契機だと思って
[キクゴロー]えぇっ!? 何いってるの? 颯馬
[天城颯馬]元はといえば、俺はその筆頭軍師殿が帰って来るまでの代理みたいなものだし、今ならするっと辞めさせて貰えそうじゃないか?
[キクゴロー]どうして、そうなるの……そんなの、颯馬らしくない
[天城颯馬]こんな状態で、軍師なんて務まるわけがない。俺にとっても、この龍造寺家にとってもそれはよくないことだろ?
[キクゴロー]そうかもしれないけど……また、流浪の旅なんて嫌だよ。考えなおしてよ……
[天城颯馬]ごめんな、キクゴロー。でも、これまでの努力が一瞬で崩壊するところはもう見たくないんだ
頭をよぎるのは、以前仕えていた大名家での出来事。一生懸命仕えてきたつもりだったのに、誤解され、そして取り付く島もないままに追放された。
あれのせいで、弱気になっているのはわかってる。わかってるけど怖い。
[キクゴロー]そんなこと言ってたら、ずっと放浪することになっちゃうよ……
[天城颯馬]そう、だよなぁ……
[天城颯馬]……一応、その筆頭軍師様に会ってからにしようかな……
すがるような目で見てくる相棒をみていると、決意したはずの心が揺らぐ。
[キクゴロー]ほんと? 颯馬!
[天城颯馬]あ、会ってみるだけで、それからのことはまだ分からないぞ
[キクゴロー]むぅ……颯馬って優柔不断だよね
[天城颯馬]俺がもし即断即決出来るような性格だったら、もうやめてるかもな
[キクゴロー]それは駄目!!
その後時間がくるまで俺はキクゴローとのたわいのない会話で、このやりきれない気持ちをごまかしていた。
[天城颯馬]遅れてしまい、申し訳ございません!
キクゴローと話していたら時間が経つのを忘れてしまっていた。俺はとりあえず形だけでもと辞表を胸に忍ばせて軍議の間に慌てて向かった。
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
遅い! 遅いぞ! 早く入らんか!
[天城颯馬]はっ……申し訳ございません
若干のけだるさを胸にのこしたまま部屋に入ると、殿の御前には見慣れた面々が顔を揃えていた。
木下昌直再生
[木下昌直]
一体、何をやっていたんだ、天城!
四天王や一門衆はもちろん、今やすっかり四天王面している木下の姿もあり、俺の心を沈ませていった。
[天城颯馬](ん?)
いつもは空席になっている龍造寺殿の右隣には、見覚えのない仮面をつけた女性らしき人物が座っていた。
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
ふむ……木下と天城は初めてだったな。こいつは鍋島直茂……わしの義兄妹で、うちの筆頭軍師をしておる
[天城颯馬](義兄妹ってことは、一門衆同然って事か……?)
だが、俺はそのことよりもこの龍造寺家の筆頭軍師が女性であるという事に驚きを感じていた。
四天王に麗しい女性が二人いるが、筆頭軍師まで女性だとは……。当主の龍造寺殿との比較がなんだかすごい。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
お二方は初めまして。この国で軍師を務めております鍋島直茂です。宜しくお願い致します
言葉遣いは丁寧ではあるが、女性らしからぬ険しい声で話す鍋島殿の、仮面越しの探るような眼光に俺は圧倒されかけていた。
[天城颯馬](自分が留守の間に別の軍師が立てられて……やっぱ、いい気分はしてないだろうな……)
俺はその眼光をそのように受け止めてしまい、胸の辞表が重くなっていくように感じた。
木下昌直再生
[木下昌直]
丁寧なご挨拶痛み入ります……俺は木下昌直と申す武人。戦働きしか出来ぬ身ではありますが、筆頭軍師殿に率いられれば全力を出して戦います!
最近では、こういうこずるい追従も覚えた木下は、満面の笑みを浮かべて鍋島殿に取り入ろうとしていた。わかりやすい奴だな、やっぱ。
[天城颯馬]初めまして。天城颯馬と申します。後方支援や補給路の整備などの雑務を行っております。今後は軍師殿に、いろいろと学びたいと思っております……
こんな事を言ってしまっては、後で辞表が出しにくいが……今はまだここに仕える軍師である以上、それなりの言葉は必要だろう。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
雑務……雑務と申されましたが、それは謙遜の度が過ぎるというもの……
[天城颯馬]え?
突然、柔らかい口調で口を開いた鍋島殿の言葉に、俺はまぬけな声を上げてしまっていた。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
大友との小競り合いが続き、戦地を離れられなかった時、蔵に米や矢が尽きた事もなく、ここぞという所で側面支援をして下さったではないですか……
[天城颯馬]は、はぁ……
ご飯を食べることが出来ないあのつらさを知っているだけに、糧道の確保に血道を上げたし、上がって来た情報を元に支援した事もあったが……。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
その働きぶりたるや、前漢の蕭何もかくやというべきもので、天城殿には深く感謝しております
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
遠征を行った軍兵の代表として、御礼申し上げます
[天城颯馬]そっ、そのような……頭を上げてください
何と鍋島殿は俺に深々と頭を下げてしまい、俺は慌てて声をかけた。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
よく、私の留守を守って下さいましたね……
[天城颯馬]有り難き……お言葉……
俺は胸が熱くなり、目尻からこぼれる涙を見られないように、平伏し続けていた。
キクゴローの『誰かががんばりを見てくれている』と言ってくれたが、本当だな、と思う。
木下昌直再生
[木下昌直]
天城……いや、天城殿……お前、そんなに大事な事をやっていたのか……感服した!
信常エリ再生
[信常エリ]
あたし達は、気付いてやれなかったんだねぇ……知らぬとはいえ、きつい事も言っちまってたよ
成松信勝再生
[成松信勝]
鍋島殿がそこまで人を褒めるのを、ここまで見たことがない……本当に驚いた
百武賢兼再生
[百武賢兼]
仕事を命じてはいたものの、そこまで完璧にこなしていたとは、不承この百武……知らなんだ……申し訳ない!
円城寺胤再生
[円城寺胤]
あら…いつも、あちこち飛び回っていて、いったい何をしているのかと思っておりましたわ……
[天城颯馬](円城寺殿が一番、何気に酷いな……)
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
天城殿がいてくれたからこそ、大過なく戦を終える事が出来たと言えるでしょう。これからは、そういう仕事も評価する土壌を作らねばいけませんね……
鍋島殿のあまりの褒めっぷりに、俺は嬉しいような気恥ずかしいようななんとも言えない心地であった。
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
ふむぅ……そうであったか……わしも何も知らんかったのだ……許せよ、天城
あの龍造寺殿が俺なんかに詫びるなんて……!
[天城颯馬]勿体なきお言葉……有り難く存じます
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
しかし、兄者……。天城殿と木下殿を、ろくに素性や能力を調べもせずに登用なさったそうですね……
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
うぅむ……わしにどうしても仕えたいと、仕官して来たのじゃぞ? それをどうして追い返せる
龍造寺殿は額の汗を拭いながら強弁した。なんというか……どうしても仕えたいと言ったからと追い返さない龍造寺殿って優しいような……。
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
兄者。決して責めている訳ではありません。今回は得難い人材も得られたようですし、これからの事です
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
これからの事……とな?
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
天城殿のような有能な在野の武もいたのですから、これからは、登用の場をもっと広げねばいけないと思うのです
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
ふむぅ……そうじゃの。何か良い案でもあるのか?
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
そうですね。武官の登用は比較的簡単ですが、軍師や文官の数が、まだまだ足りませぬ。筆記や面談での試験の制度を設けるべきでしょう
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
ふむぅ……おぬしと天城がおれば、出来ぬ話でもなさそうじゃの……好きなようにやるがよい
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
はっ……さすが、兄者。見事なる決断にございます
鍋島直茂再生
[鍋島直茂]
では、少々休憩をとり、その後に軍議を再開しませんか?
龍造寺隆信再生
[龍造寺隆信]
ふむぅ……そうじゃの一時解散じゃ!
[天城颯馬]早まらなくて、よかった……。キクゴローにお礼をしないとな……
俺は涙で濡れた頬を洗う為、厠へと向かっていた。