1561~1625年。元春の三男。1570年の尼子勝久討伐で初陣を遂げる。一時毛利氏の人質として上坂していたが、兄元長の死去にともない家督を相続、月山富田城の城主となる。文禄・慶長の役では渡海して碧蹄館、蔚山の戦いなどに活躍した。関ヶ原の戦いで、主家毛利氏の存命を図って家康に通じ、毛利本隊の進撃を妨げた。