臨済宗禅僧。臨済寺、清見寺の住持。幼少の今川義元の養育係を務め、義元が家督を継ぐとその軍師となる。三河侵攻では大将となり、1548年の小豆坂の合戦では織田信秀を破る。甲斐の武田氏、相模の北条氏との三国同盟の成立に奔走するなど、今川義元の軍事、政治面で尽力した。