10,中華帝国瓦解

 2008年の北京オリンピック開催に向けて、国を挙げての基盤整備といっそうの経済発展に邁進する中国だったが、その裏では、数多くの障害・問題が浮き彫りになりつつあった。
 五輪誘致の契機ともなった、近年の急速かついびつな経済発展は、都市部と農村部での貧富の格差を拡げ、金儲け至上主義によって、汚染食品や垂れ流し公害、その結果による健康被害、コピー商品による詐欺被害、労働力を確保するための人身売買、貧困地域での誘拐と強制労働、それらをお目こぼしする代わりに賄賂を求める汚職を厭わない共産党幹部の激増など、ありとあらゆる不正と犯罪が表面化し始めたのだ。

 これに対して、北京中央政府は、五輪主催国としての名誉・沽券に関わる大問題だとして、大規模な摘発や規制を実施。だが、これまでそうした不正行為を、半ば国策として放置してきたツケは大きかった。
 一度自由と豊かさを謳歌し始めた民衆は、中央政府の都合だけで、かつての過激な共産主義時代に逆行したかのように取り締まりをされることに対して、激しく不平・不満を募らせ始めたのだ。

 また、経済格差で取り残された農村部の民衆たちは、都合のいいときだけ自分たちを安い出稼ぎ労働力として使い捨てで利用し、少しでも稼ぎを得ようとコピー商品や汚染食品に手を出した途端に、罪に問われる現状に対して、怒りを爆発させようとしていた。

 一方で、中央政府には、もうひとつの大きな問題が気掛かりだった。
 最大民族の漢民族を含めて全56の多民族から成る中国では、民族運動の盛り上がりによる独立紛争が、絶えなかったのである。なかでも、ウイグル族(720万人)・チベット族(460万人)・モンゴル族(480万人)・カザフ族(110万人)の4民族と、これに台湾を加えた5地域での分離独立運動は「五独」といって、北京中央政府がもっとも恐れているものだった。
 ましてや五輪期間中に、それらが再燃することだけはなんとしても避けたかった。

 ところが独立派の一部では、五輪開催間近で国際社会が中国に注目している今こそ、中央政府による民族弾圧の数々を世界にアピールする絶好の機会ととらえて、反体制爆弾テロなどの活動を活発化する動きが出てきたのである。
 これに対しても中央政府は、かつてない治安維持活動や見せしめ的な摘発などで対処しようとしたが、むしろこうした動きは、火に油を注ぐ結果となった。

 そしてついに、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチで自然発生した、独立派によるデモ行進が、当局の武力鎮圧で多数の死傷者が出たことから、大規模な暴動に発展。この惨状が、インターネットや携帯電話網で自治区内の各地に伝えられたことで、一気にウイグル独立運動が拡大し、内戦状態へと突入してしまったのである。