中国の訴えにより国際連盟はリットン調査団を派遣し、 長期に亘り調査を行ったが、 鉄道爆破が関東軍の仕業とは断定する事ができず、 国際連盟の対処は日本政府への警告に止まる事となった。 国際的に信頼を失いつつあった事を懸念した日本政府は、 大本営に中国での戦闘の禁止を命じたが、満州事変以降 発言力を増した軍部に対する決定的な抑止力には至らず、 本格的な侵攻こそないものの、小規模な戦闘は断続的に続き、 戦争の火種が絶える事はなかった。