袁紹陣営

冀州の都にある袁紹の居城にて……。
田豊は来るべき軍議に備え、漢全土に割拠する各勢力の資料をまとめ上げている。
彼女の机の上には、竹簡木簡の数々が所狭しと並べられていた。
田 豊
田 豊

ええと……これだけあれば足りる……?うん、きっと足りる……足りる、はず……足り……ないかなぁ……ううう

何度も木簡の数を数え直しながら、田豊は他の将たちが軍議に現れるのを待っていた。
彼女がこの部屋に入ってからすでにかなりの時間が経過している。
心配性の田豊は、軍議の始まるずいぶん前から全員を待つのが習慣のようになっていた。
袁紹配下の将たちが一人、また一人と席についていく。
そして、当の袁紹が軍議に姿を現したのは、規定の時刻をかなり過ぎた後だった。
彼女が部屋に足を踏み入れた瞬間、田豊を含めた全員はその場に立ち上がる。
袁 紹
袁 紹

……揃っているな?

武将A
武将A

はっ。全員揃っております

袁 紹
袁 紹

うむっ

これだけ遅れていれば揃っていないはずはないのだが、
袁紹は武将の言葉に満足気に頷いて、自らの席に着いた。
肘を立て、仰々しく足を組むと、軍議の開始を促す。
袁 紹
袁 紹

……さて、では始めるとしようか。軍議の進行はいつも通り田豊に任せる。良いな?

田 豊
田 豊

しょ、承知しました

田豊は袁紹に指名され、その場に立ち上がる。
その手には小さめの木簡が抱えられていて、そこにはびっしりと今回の軍議の進め方が記してあった。
順番が狂った場合のことまで踏まえてあるらしく、メモ書きや注釈までつけてある。
念には念を入れた結果なのだろう。田豊は軍議の中心に歩み出ると、深々と一礼する。
田 豊
田 豊

今回の軍議の進行役を務めさせて頂きます、田豊元皓と申します。よろしくお願いいたしま――

袁 紹
袁 紹

田豊に任せると言ったであろう。それ以上の挨拶はいらん。先に進めてくれ

田 豊
田 豊

は、はい、そうですね。失礼いたしました

田豊は、勢力図を全武将たちに見えるように広げていく。
田 豊
田 豊

……まず、各州の勢力について、皆様にご説明をさせて頂きます

田 豊
田 豊

現在の漢全土の大きな勢力としましては、幽州の公孫讃。西涼の馬騰。益州の劉璋。荊州の劉表。そして、揚州の袁紹様の妹君でございます袁術様などが挙げられます

田 豊
田 豊

次に、我が袁家の当面の敵に関してですが……北の幽州に割拠する公孫讃。東の青州に蔓延る、黄巾賊の残党……

武将A
武将A

残党だと?

田 豊
田 豊

はい。張角を失ったあとも黄巾賊の勢いは衰えることはなかったようですね

田 豊
田 豊

正確な勢力は未知数ですが、青州のみならずエン州にまでその勢力を拡大しているという情報もあり、軽視していれば後々問題になりかねません

田 豊
田 豊

そして……危険な勢力として、南の豫州にて勢力を伸ばしつつある曹操の名も挙げられるでしょう

袁 紹
袁 紹

曹操だと……?

袁 紹
袁 紹

むう、誰だそれは?どこかで聞いたことがあるような、ないような……

田 豊
田 豊

あの張角を討った曹操でございます

袁 紹
袁 紹

張角を討った……?ほうほう、あの者か。おぼろげではあるが覚えているぞ

田 豊
田 豊

曹操はどうやら、根城である豫州に戻った後、着々と牙を研いでいるようです

田 豊
田 豊

その配下にはあの荀家の双子姉妹と、天賦の才と評される軍師郭嘉もおります。さらに、兵の中から優秀なものを将として取り立て、着々と力を蓄えているようですね

田 豊
田 豊

今はまだそれほど大きな勢力とは言えませんが、近い将来きっと袁家の前に立ち塞がることと――

袁 紹
袁 紹

あー、もうよい、もうよい!

袁紹は立ち上がり、田豊の言葉を途中で切った。
田豊はその勢いに押されて口をつぐむ。
袁 紹
袁 紹

まったく……田豊! そのような小虫にもいちいち危機感を持つのがお前の悪い所なのだ!

田 豊
田 豊

し、しかし……! 密偵からも曹操の陣営は決して侮れぬと報告が入っておりまして……!

袁 紹
袁 紹

わかっておらぬな、田豊!

袁紹は立ち上がり、手のひらを卓に打ち付ける。
その音に、ざわついていた室内は一気に静まり返った。
袁 紹
袁 紹

巨獣が歩みを進めるときに足元の小虫に気を止めないように、袁家もまた、いちいち小虫に構うような小さき心は持ち合わせておらんのだ!

袁 紹
袁 紹

小虫を気にするような小さき心では、小さな歩幅でしか進めぬ!我が袁家は誇り高き巨獣の如く、大いなる大志で躍進するのだ!

武将A
武将A

おお……!

武将B
武将B

さすがは袁家の当主よ……スケールが違う!

袁紹の言葉に、軍議に参加している将達からも感嘆の声が漏れる。
袁 紹
袁 紹

東の黄巾賊や、豫州の曹操など捨て置いて構わん……所詮は小虫に過ぎぬ。小虫がいくら集ろうと、袁家の放つ炎で後からいくらでも焼き払えるわ!

袁 紹
袁 紹

袁家の敵は……まずは公孫讃だ。幽州の公孫讃を討ち、後方の憂いを立った上で天下へと万進する! 異論はないな!?

武将A
武将A

おぉ、なんという英断……やはり袁家は、生まれながらの支配者よ

武将B
武将B

袁家に仕えられることこそ我が誇り……!

武将C
武将C

袁家万歳! 袁紹様万歳!

袁紹の力強く声援をあげる袁家の兵達に、袁紹は満足気に片手を上げて応えてみせる。
田 豊
田 豊

…………御意

田豊もまだ言いたいことはあるようだったが、袁紹に賛同するように頭を下げた。